100日後に死ぬワニ

 一時的に東京から飛行機で帰って来た。

 俺のブログの読者なら”飛行機で”という部分に敏感に反応して貰いたい。

 俺は高所恐怖症なのだ。

 症状は歳を重なるにつれひどくなっている。

 大学生の時に観覧車が楽しめなくなった。

 最近だと歩道橋ですら油断すると足がすくむ。

 そんな俺が飛行機に乗ったのだ。

 それも窓側。

 離陸前、スッチーが救命胴衣の着衣の仕方の説明している時から心臓がバクバクしていた。

 そこからプー、プー、プーと三回機内でサイレンが鳴り、「今から離陸いたします。」というアナウンスが入る。

 アナウンスのあと、飛行機は瞬く間に加速、そして離陸。

 声が出そうになるのをなんとか我慢する。

 その後10分ほど、高度を上げるたびに浮遊感に襲われたり機体が若干揺れたりして、ずっと恐怖で泣きそうになった。

 次第に外の景色が写真のように感じられて来て、ようやく恐怖から解放された。

 それから改めて景色を見てみた。

 小さい窓からは東京の端から端までが見えていた。

 自分の目に日本の首都が全て映っていることに感動した。

 この何処かに自分がテレビでしか観たことないアイドルや俳優や政治家がいっぱい住んでいるんだろうな、と思った。

 大きな山と山の間には大抵集落ができていて、不便そうなところにもたくさん住んでいる人いることを知った。

 遥か下の上空で自分たちとは逆の方向に進んでいく飛行機が一瞬見えた。流れ星かってくらい速いスピードだった。

 1時間のフライトの中で色んな発見があった。

 怖かったけど飛行機に乗ってよかったと心から思った。

 さて。

 先日、『100日後に死ぬワニ』が遂に100日後を迎えて、死んだ。

 この作品は非常に興味深かった。

 言い方は悪いが、99日目までは本当に普通の日常を描いただけの、さして笑いどころもない4コマ漫画だ。

 しかし、漫画の終わりに「死ぬまであと○日」と書き足すだけで、毎日10万いいねがつく超人気作品となっていた。(とてもうらやましい)

 多くの人が「死ぬまであと○日」という僅か一行を見て、「この漫画は何気ない日常を過ごしているワニくんが100日後に死んでしまう切ない漫画なんだ」ということを理解していたということだ。

 語彙力のない俺はこの事実に対して”興味深い”という表現しかできない。

 ただ、俺のブログの読者ならこの”興味深い”から俺の心情を的確に理解し、さらには共感していただきたい。

 それはさておき。

 『100日後に死ぬワニ』は、読者に自分の人生の終わりを意識するようになって欲しいという願いが込められている。

 俺は自慢じゃないが死ぬことを常に恐れている。

 「今地震が起きたらどうしよう」

 「今テロが発生したらどうしよう」

 さらには寝ているときに

 「今心臓発作が起こったらどうしよう」

 と考え、本当にドキドキしてきて、「え、まじで発作くるんじゃね…」となり寝付けなくなった経験は数えしれない。

 俺のブログの読者ならそれくら(以下略)

 飛行機が怖いのも「墜落したらどうしよう」と、死ぬことを考えて怖くなっているのだ。

 だから『100日後に死ぬワニ』が話題になりだした当初は「何?みんな今さら死を恐れ出してんの?チョーウケるんですけど」みたいなテンションだった。 

 しかし、である。

 これまでの俺は「今この瞬間死にはしないか」ということを恐れているだけで、いつか必ず訪れる人生の終わりを意識し、与えられた生を楽しもうとしていたわけではなかった。

 今ならはっきりと言える。

 そうじゃない。自分の人生の終わりを意識するようになったら、今を全力で楽しまなければいけないのだ。

 自分がいつ死ぬかなんて判らないのだから。

 では、今を全力で楽しむにはどうすれば良いか。

 ずばり。「リスクをとること」だと思う。

 今回、俺は「死ぬかもしれない。」というリスクを負って飛行機に乗った。

 結果、飛行機からでしか見られない景色を体験できた。

 もっと皆に共感してもらえる例を出そう。

 どれか一つくらい共感してもらえただろう。

 俺は本当に今までできる限りリスクを避けるような人生を歩んできた。

 結果として自分の今までの人生に満足できていない。

 だから「今死んだらどうしよう」などとばかり考えてしまうのだと思う。

 そうではなく、もっとリスクをとって、死ぬことなんて考える暇もないほど今を楽しむべきなのだ。

 ということで、俺は積極的にリスクをとって今を全力で楽しみたい。

 そしてその様子をSNSにアップしたい。バズりたい。

 自分が何日後に死ぬ人なのか判らないが、その日が来るまで、色んな景色を見に行きたい。