流される

就活のとき、適性検査が苦手だった。

「それぞれの質問に関して、自分の性格と一番近いものを選んでください。」

といって

の中から一つを選ばせるアレだ。

何回か受験したことがあるが、

聞かれる設問はどれも大体同じである。

にもかかわらず、俺は多分毎回違う回答をしていた。

別に嘘をつこうとしているのではない。

本当の自分がわからなくなるのだ。

例えば。

「しっかりと計画立てて準備をしてから物事を進める方だ」

という質問なら、

“ん〜普段はあんまり計画立てて物事進めないけど
確かに言われてみれば計画立ててから物事進たこともあった気もするなあ。
多分本当は準備をしてから物事を進めるのが性に合ってるはずだ。うん、なんかそんな気がする!”

という思考プロセスを経て、

「どちらかというと当てはまる」を選択する

といった具合だ。

自己分析不足と言えばそれまでかもしれない。

とにかく俺は適性検査のたびに新たな人格を作り出していた。

そんな俺でも、迷わずに答えられる質問もあった。

その中の一つが

「周りに流されず自分の意見を貫き通す方だ」

“よし!これは間違いなく「まったくあてはまらない」!!!”

迷わず答えられるのは良いが、適性検査の回答としてはおそらく不正解だろう。

俺は本当に周りに流される。

自分の中で決めたことでも、人に話して少しでも否定されると考え直す。

友達と遊ぶ時も「何して遊ぶ?」ととりあえず聞くし、

デートする時も「次どこいく?」「何食べたい?」と、とにかく相手の意見を聞く。

そして俺が相手の出した意見を否定することは殆どない。

要は自分の出した意見を否定されるのが嫌なのだ。

自分自身を否定された気持ちになってしまう。

それなら相手のやりたいことや行きたいとこ、食べたいものに合わせた方が楽だ。

中学生の頃、冗談で「総理大臣になりたい」と言っていたが冗談でよかったと思う。

俺が総理大臣になったら声の大きい国民や周りの大臣の意見にばかり耳を傾け、知らないうちに戦争に巻き込まれていただろう。

昨日、昼休みに上司から、

「GWは実家帰らないの?」

と聞かれた。

「いやあこのご時世なんで流石に帰れないですよー」と言うと、

「え!?帰らないの?新幹線めちゃくちゃ空いてるから絶対大丈夫だと思うけど。」と言われた。

この時、俺は不覚にも

“確かに言われてみればそうだよな…あれ、やっぱり一旦帰ろうかな…”

と気持ちが揺らいでしまった。

つい先日ネットニュースで

「GWに沖縄旅行を予約している人が6万人もいる」

という記事を見て

“世の中にはバカがいっぱいいるんだなあ。”

と思っていたばかりだというのに…。

以下、ポエム。

あーあ。

もっと確固たる意志を持った人間になりたいなあ。

どれだけ周りから反対されても

「大丈夫だから。」って自分の決めたことを貫いて、

それでちゃんと結果を出して、

「な?大丈夫だったろ?」

って言いてえなあ。

きくち

こんな風に理想の自分を妄想しているうちに、

だんだん本当の自分と理想の自分との区別がつかなくなってくるのである。

適性検査はその結果だ。

GW初日。

俺は

“折角予定も特にないんだし、読書したり勉強したりして有意義に過ごそう”

と思っていたけど、友達にデュエル・マスターズ・プレイスでの対戦を申し込まれて、3時間くらいデュエルをしていた。

楽しかった。